東京地方裁判所 昭和35年(ワ)2377号 判決 1963年5月09日
判 決
東京都港区芝田村町二丁目五番地労働金庫会館内
原告
日本生活協同組合連合会
右代表者理事
中林貞男
右訴訟代理人弁護士
新井章
右同
上田誠吉
右同
内藤功
東京都港区芝新橋五丁目三四番地
被告
読売新聞新橋出張所こと
酒井考祐
右訴訟代理人弁護士
田辺恒之
右同
太田常雄
右同
芦刈直已
右同
田辺惜貞
右同
青柳洋
右訴訟代理人弁護士
矢吹輝夫
右同
石川悌二
右当事者間の昭和三五年(ワ)第二、三七七号債務不存在確認請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
(当事者双方の申立)
第一、原告訴訟代理人は、次のような判決を求めた。
被告より原告に対する、昭和三三年五月締結の読売新聞購読契約に基く、昭和三四年五月ないし八月分の右新聞の購読代金合計金一、五六〇円のうち、金一、三二〇円を超える金二四〇円の債権が存在しないことを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
第二、被告訴訟代理人は、次のような判決を求めた。
(一) 本案前の申立
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
(二) 本案についての申立
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
(当事者双方の主張)
第一、原告訴訟代理人は、請求原因及び被告の本案前の申立の理由に対する反論として次のとおり述べた。
一、原告は、昭和三三年五月読売新聞の専売を業とする被告との間に、右新聞セツト版の購読契約を結び、代金一カ月金三三〇円、毎月末払の約で右新聞を購読してきたところ、被告は訴外株式会社読売新聞社(以下読売新聞社と略称する)が昭和三四年三月三〇日付新聞紙上に発表した代金値上げの社告に基づき、原告に対し、同年五月一日より右新聞購読代金一カ月金三九〇円に値上げする旨原告に通知し、同月ないし同年八月分の代金各金三九〇円を毎月末に請求して来たが、原告は右値上げを承諾しなかつた。従つて、右値上げの一方的な通告のみでは、いまだ値上げの効力は発生しないから、原告は被告に対し、同期間の新聞購読代金一、五六〇円のうち、値上げ分との差額金二四〇円については支払の義務を負わない。
仮に、原告の承諾をまたず、被告の一方的な通告のみで値上げの効力が生ずるものとしても、右値上行為は左の理由により、無効である。すなわち、新聞の購読代金は昭和二九年よりほぼ変動をみなかつたのであるが、かねてその値上げの機会をうかがつていた読売新聞社その他全国の各新聞社は昭和三四年初頭から具体的にその値上げの策を検討しはじめ次に述べるとおり他の事業者と共同して対価を決定し、かつ値上げ後は新対価を維持することを約し、ないしは互に他の事業者が値上げ及び新対価の維持を行うことを知りながら、値上げ及び新対価の維持を行い、もつて共同して相互にその事業活動を拘束し、かつ共同してその事業活動を遂行したものである。
(1) 朝日、毎日、読売の各新聞社は、同年一月から二月にかけて値上げの額、時期等について協議をかさね、二月末に至り朝夕セツトの月をきめ購読料(再販売代金)を金三九〇円とし、朝日、毎日新聞社は同年四月から読売新聞社はは同年五月からそれぞれ実施することに意見が一致した。
(2) 更に、同年二月二八日、右三新聞社のほか、日本経済、産経、東京タイムス、東京の各新聞社は、右同様値上げ額、時期等について協議し、値上げの相互拘束、共同遂行に各地方新聞の事業者をも加えて全国一斉にこれを行う方針がきめられた。
(3) 同年三月六日、右方針に従い、各地方新聞の事業者をも加えた同様の協議が行われ、各事業者ともほぼ(一)の協議決定の線に従い、同年四月一日より一斉に値上げすることに相互の諒解を得、同年三月七日、新聞協会よりその会員である各事業者に新聞購売料値上額、時期等が通知された。
そして以上の経過によつて成立したとりきめにより別紙の如く各新聞の一斉値上げとなり、読売新聞の前記値上げの社告となつたのであるが、この様なとりきめによる値上げは私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法と略称)第二条第六項所定の「不当な取引制限」に該当し同法第三条に違反する違法な行為であつて、法律上無効のものというべきであるから、これに基づいてなされた被告の本件新聞購売代金の値上げも、また無効である。従つて、原告は被告に対し、前記期間の新聞購読代金のうち値上げ分との差額金二四〇円については支払の義務を負わない。
しかるに被告はこれを争うので、右金二四〇円の債務が原告に存在しないことの確認を求める。
二、被告が原告に対し債権放棄の意思表示をしたところ、原、被告間の本件新聞購読契約は昭和三四年八月末日限り解約されその後改めて読売新聞の購売契約が締結された事実はないことは認めるが、被告の右債権放棄は「新聞業における特定の不公正な取引方法」(昭和三〇年一二月二九日公正取引委員会告示第三号)第三号所定の「新聞の発行又は販売を業とする者が、直接であると間接であるとを問わず、地域または相手方により異なる定価を対し、または定価を割引すること」に当り、独占禁止法第二条第七項にいう「不公正な取引方法」に該当し、同法第一九条に違反する違法な行為であつて法律上無効のものである。従つて訴訟上右債権放棄はないものとして扱われ、形式上本件債務は在存しているものであるから原告はその不存在の確認を求める利益がある。
第二、被告訴訟代理人は本案前の申立の理由として次のとおり述べた。
被告は、原告に対し、昭和三七年五月一七日内容証明郵便をもつて、本件新聞購売代金二四〇円の債権を放棄する旨の意思表示をなし、該意思表示は同月一八日原告に到達した。従つて、原告主張の債務に消滅した。しかも、原、被告間の本件新聞購読契約は昭和三四年八月末日限り解約されておりその後、同新聞の購読契約が改めて締結された事実もないのであるから、前記債権の不存在確認を求める本訴はその利益を欠くに至り、不適法として却下されるべきである。
第三、被告訴訟代理人は、請求原因に対する答弁及び主張として次のとおり述べた。
原告の主張事実中、原、被告間にその主張のような読売新聞の購読契約が締結されたこと、被告が原告に対し同新聞紙上に発表された代金値上げの社告に基き、購読代金の値上げを通知し昭和三四年五月ないし八月分の代金をそれぞれ値上げした金額によつて各月末に請求したこと、別紙記載のとおり各新聞の代金が値上げされたことは認めるが、その余は不知である。
被告の新聞購売代金値上げの申込に対し、原告よりこれを承諾する旨の通知はなかつたが、本件新聞購読契約は、期間の定めがないいわゆる継続的供給契約の典型的なものであつて、当事者は何時でも解約し得るのが原則である。従つて、購読代金値上げの申込みがあつた場合には、被告はこれを承諾して購読を継続するか、若しくは、解約を告知して購読を中止するか任意に決定し得るところであるが、本件値上げの通告に対しては、被告は明らかにこれを拒否する態度を示さず、同年八月末日まで購読を継継したものであるから、従つて本件新聞購読代金の値上げは有効になされたものであるから原告の本訴請求は失当である。
(証拠関係)<省略>
理由
およそ確認の訴が許されるのには、被告に対する関係において、原告の法律上の地位の不安が存在し、確認の訴によりその不安状態が除去される場合に限るものというべきところ、原告の主張する本件金二四〇円の債務が不存在であることは、被告も認めているところである。もつとも原告は、被告が本訴提起前である昭和三四年にした新聞購読料値上の意思表示が無効であることを理由として右債務の不存在を主張するに対し、被告はこれを争い、被告が本訴提起後である昭和三七年五月一八日にした債権放棄によつて各債権が不存在となつたものであると主張し、その不存在とする理由の主張において異なるところはあるが、いずれにしても右債務が不存在であることは当事者間に争いのないところであるから、原告は被告からその債権の請求を受ける虞もなく、右債務の存否については、原告の法律上の地位に不安定が存在するものということはできない。のみならず、原告が本訴において勝訴したとしても、右債務が不存在であること(この点は当事者間に争いがない)が確定されるにとどまり、判決がこれを不存在とした理由については、既判力を生ずるものではないから、その理由についての当事者間の争いが、これによつて、有権的に解決されることはないものというべきである。
してみると原告が確認の利益を有することにつき他に特段の事情のあることが認められない以上、本訴は権利保護の利益を欠く不適法なものというべきであるから、これを却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九〇条を適用して主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第二部
裁判長裁判官 位野木 益 雄
裁判官 田 嶋 重 徳
裁判官 桜 林 三 郎
別紙≪省略≫